2015年2月12日木曜日

犬も歩けば、、、

坂之上洋子さんの『犬も歩けば英語にあたる』を読んだ。



ネットサーフィンでたまたま坂之上さんのことを知り、彼女の書いた本3さつのうち、どれも面白そうだったのだけれど、なんとなく今の自分の気持ちに一番あう気がしてこの本を選んでみた。

朝にベットの中からこの本をアマゾンに注文したら、夜には家に届いていた。なんて便利な、そして、有難い世の中だ。

去年一年ちょっとアメリカで働いていたときにこの本にであってたら、もう少し楽な気持ちになれていたかも、、、そうそう、こんな経験あった、あったよなぁ、、、と思いながら読み進めた。

外国で暮らしたことがあれば、誰でも似たような経験はしているはず。でも、そこでの出会いや出来事からどれだけ学んだり、感じたりできたかで、その時間の深さや重み、意味合いはかわる。坂之上さんの本を読んで改めてそう思った。

Things aren't always what they seem. (物事は、いつも見た通りとは限らないんだよ。)
Sometimes that is exactly what happens when things don't turn out the way they should.
You just need to trust that every out come is always to your advantage.
(そうなるべき何かがその通りに行かない、そんな理不尽なときには、実際にはこういうことが起きているんだよ。起きていること全ては自分に有利になっている、そうただ信じることが必要なのさ)

坂之上さんがオフィスの隣の席の女性からもらったメールに書いてあったこと。
みたものをみたもののままに受け取り、行動してしまう私には肝に命じなくてはならない言葉。

デニス・ウェイトリー博士の十戒もぐっときた。

「私は、アメリカの会社の中で、たったひとりの日本人という環境で働いた経験があります。そこでのプロジェクトはまったじゅ日本に関係なく、いわば日本人であることのメリットはまったくなし、lという環境でした。毎日、英語の環境のなかにいて、「ネイティブなら絶対知っている」といういうような簡単な言葉を知らなかったり、うまく冗談を返せなかったりする自分に、だんだん嫌気がさしてきました。言いたいことがうまく話せない自分が、とてもくやしかったのです。同時にちょっとした被害妄想にもなってしまい、ときどき、周りの人に馬鹿にされた気がして、トイレで泣いてしまうこともありました。「もうやめたい」と、何度も思いました。そんな最悪のとき、こんな文章に出会いました。」

この前置きの文章だけで、もうぐさぐさと胸に刺さりまくりなのだけれど、、、

1.Always dress like a winner. (いつもしょうしゃにふさわしい服装をする)
2.Answer the phone in a clear, confident manner. (電話の応答ははっきりと自信を持って)
3.Accept compliment with poise, "Thank you. How nice of you to say that." (褒め言葉に対しては、落ち着いて、「ありがとう。そうおっしゃっていただいて嬉しいです」と答える。)
4.Every night make a list of things you are grateful for that happened during the day. (その日に起こった嬉しい出来事を毎晩リストにする)
5.At meetings, sit in front of the room and take an active part in discussions. (ミーティングではバックシートではなく机について、議論に参加する)
6.Walk everywhere with proud and confident posture. (いつでも自信を持った態度で)
7.Set your standards of behavior by the rules observed by gracious refined people. (上品で洗練された人たちの行動規範を自分の行動規範に)
8.Speak with self-confidence but respectfully to everyone. (自信を持ち、同時に、他の人全てに敬意を表しながら話す)
9.Make a list of short-range and long-range goals. (短期的、長期的ゴールのリストを作成する)
10.Smile, smile, smile! (笑顔、笑顔、笑顔!)

日本語の環境なら7ー8ぐらいはできているかもしれないけれど、アメリカではできていたもは2-3ぐらいだなぁ、、、

そして、「自分もそれなりに頑張ったけれど、自分の実力以上に、自分が豊かな国に生まれたという偶然に感謝しなくてはいけない」という思い。
仕事柄十分にわかっている、痛感しているはずのことだけれど、ついついtake it for grantedしてしまいがち。

一時間ぐらいで読めていい感じでリフレッシュできる本☺︎次は彼女のどの本、読もうかな。

2014年5月30日金曜日

シルクが世界を救う?

1年以上前に旦那の同級生のホームパーティーに参加したとき出会ったLivioがずっと気になっていて、勇気を出してコンタクトしてみたら、あっさり会ってくれることに。

彼はもともと国連で働いていて、その後、ハーバード・ケネディースクールに行き、VAXESSという会社を起業。シルクを使って冷蔵庫に入れなくても変質しない(冷蔵庫や電気のないところに届けることのできる)ワクチンの開発を行っている。

以前、彼の会社を数億円で買収したいという話があったらしいのだけれど、「それでは安すぎるので断ったんだ」という話をパーティーのときにニコニコしながら教えてくれた。

もっと詳しい話や彼の思いを聞きたくて、彼の働くシェアLabを訪問。

蚕そのものや液体になった蚕、そして様々な温度に設定してある冷蔵庫など、彼の実験室を見せてもらった後、(Labの一角とは思えないようなおしゃれな)リビングでコーヒーを飲みながら彼の起業話を聞かせてもらった。

国連で働いていたときに蚕農家(@カンボジア)を支援していたけれど、プロジェクトの期間が終わったら蚕農家に対する協力も終わりになった。

そんな中、彼らの生産している蚕を何かに使えないか…と考えていたときに、ひとつのTED TALKに出会った。それは、シルクの可能性について語ったもので、そのTED TALKを見たときに、「これだ!」と思い、すぐにそのプレゼンを行った人(ボストンで研究を行う教授)にコンタクトをとった―これがすべての始まり。



その後、たまたまLivioはハーバード・ケネディースクールに行くことになり、ボストンが拠点になったため、シルクの可能性を実用化する事業に関わることになる。

ベンチャーキャピタルや行政からお金をとってきて、冷蔵庫の必要ないワクチンの開発を数年かけて10人のチームで実施中。

彼がハーバードの学生だったときに、学生の中に、アフリカの国で以前保健大臣の職に就いていた人がいたので、彼は何度も彼女のところに足を運んだらしい(嫌がられるぐらい笑)。

そのときに聞いた話が彼の事業のヒントにもなっているとのこと。(例えば、冷蔵庫の容量には限りがあるため、国際社会から届くワクチンの何割かは現場では廃棄されていたこと等。)

また、蚕を医療からファッション・アートにまで使うべく、様々な企業・組織と彼らは協同しているということで、なんと枠にはまらない事業なのだろう…と驚くばかり。

もちろん、ワクチンとして使えるようになるまでまだ数年はかかる見込みで、また、企業をゼロから立ち上げて事業を行うことは多忙を極めるし神経を使う作業でもある。そのため、「時には大企業で働いて、次に何をすればいいか指示してもらえるような生活がいいなと思うこともあるよ。壮大な夢を描いて、それが花開かないで終わる可能性だってあるんだから。でもハーバードで、一度しかない人生、ワイルドに生きろと教わったしね」と茶目っ気たっぷりに話すLivio。

彼はForbes under 30にも選ばれている今注目の若手起業家。冷蔵保存のいらないワクチンが開発できたら、いったいいくつの命を救うことができるだろう…世紀の大発明につながるかもしれない事業を20代の彼が仕切る…

http://www.forbes.com/special-report/2014/30-under-30/science-and-healthcare.html 



こんな人にパーティーでひょこっと出会ってしまうなんて、やっぱりボストンって面白い若者たちがたくさん集まっている場所だ。ぜひぜひVAXESSの事業、うまくいってほしい。

そして、こういうイニシアチブをどんどん応援する文化・制度・環境があるアメリカ/マサチューセッツ/ボストンはとても魅力的だと改めて思った。

2014年3月23日日曜日

リーダーシップ その2

リーダーシップ研修のメモ。20のポイント。

忘れないために。そして、今後繰り返し確認するために・・・。


1) Be conscious about the language you use/ Be aware of possibility of misunderstanding / Ba aware of the people's difference
2) Ask questions/ let them make comments. (Many bosses don't encourage questions.)
3) Give not only a task but also a chance for a little development.
4) Give/ delegate most of the task (in order to secure social time)/ Let them represent
5) Use the word  not "I" but "we"
6) Senior staff: Define the problem and put questions (They gonna feel more respected/ important/ motivated). Junior staff: Show the interest/ Delegate the responsibility gradually
7) Element of leadership: Select the appropriate staff members + capture the whole picture/ the upper-level view + communications (strong communication pipes with senior management members)
8) Be aware of dress code and tone of the voice (Control how you look like)
9) Need to be like an internal consultant/ Need to learn from the intensive consultation process
10) Have social skills (mostly required!!)
11) Let them come to your place every day about almost every thing
12) Plan and think how to communicate/ Control every aspect of the communication
13) Prepare 2 or 3 elevator presentations (3-4 lines)
14) Read the book "Art of War" by Sun Tzu
15) Prepare a presentation that contains less than 3 main messages
16) Take control of your career (one of the method of stress control) (ex. networking/ headhunters) / Feel passion about what you are doing/ Ask the same things to your team members
17) Understand 80/20 rules (20% of customers give 80% of the profit!! Put the emphasis on it.)
18) Check mails after 10:00 a.m. (Concentrate other important things in the early morning.)
19) Delegate the task, which is not important but urgent.
20) Focus on the task that is important and urgent and then the task that is important but not urgent.



ナイロビのカレンにて(ガーデンレストラン)

リーダーシップ その1

ナイロビの一風景

ナイロビでリーダーシップ研修を受けました。
南スーダンのプロジェクトチームのメンバーと一緒に。

いろんな発見があったけれど、ひとつ心に残っていることは、「まずは自分の性格や特性をちゃんと知っておくこと」の大切さについて。

自分のことってわかっているようなわかっていないような・・・

MBTIというパーソナリティーテストをネットでいくつか受けてみるといいと言われたので、受けてみたところ結果は以下のとおり。

・内向的(Introverted)>外向的
・直観重視(iNtuitive)>感覚重視
・感情重視(Feeling)>思考重視
・知覚重視(Perceiving)>判断重視

3つ受けたテストうち、ひとつは感情重視ではなく思考重視(thinking)派という結果が出たけれど、そのほかの2つのテストでは感情重視という結果だったのできっとそうなのでしょう。

私が今一緒に働いているチームリーダーも「自分はパーソナリティテストでは内向的な性格だという結果がでたけれど、仕事ではできるだけ外向的になろうと努めている」と話していたのを思い出しました。

無理をする必要はないけれど、自分がどんな人間かということをきちんとわかることで、チームの運営方法やチームメンバーとの日常的なコミュニケーションの方法など、見えやすくなることは確かだよなぁ。

この性格(INFP)に分類される人は少ない(つまりはちょっとした変人??)ようだけれど、ジョニーデップやジュリアロバーツもこの性格に分類されるらしい。それを聞いて少し安心?!

性格についての説明は「うんうん」と思えるところと「そうかなぁ?」と思えるところと両方あったけれど、仕事についての説明は「なるほど・・・」と深く納得。なかなかあうキャリアがないそうなので、天職と思える業界に出会えたことは幸せなことなのかもしれません。

あと、(人との関係、特に男性との関係においては)批判を個人的なものと捉えがちだという結果が出ました。そうしないように心がけているつもりだけれど、相対的にその傾向が強いのかもしれないなぁ。興味深し。



Overall, the INFP personality type is very rare, complex, and enigmatic, and INFPs seek careers that are more than just jobs. People with this personality type need to know that what they do strongly resonates with their internal values and core principles. As already mentioned, there are quite a few careers highly suitable for INFPs—they simply need to find a worthy cause. (訳:この性格に分類される人はあまりおらず、複雑で謎めいている。そして、この性格の人は単なる仕事以上のキャリアを求める。このタイプは、何が自分の価値や原理原則に合致するかを知る必要があり、また、ぴったりあう仕事はそう多くはない。慈善事業のような仕事を見つけなければならないのだ。)
It is really important that people with this personality type develop their ability to take criticism calmly and objectively. INFPs’ imagination can easily come up with many different negative ideas and assumptions – this should be prevented at all costs. (訳:この性格の人は、批判を落ち着いてかつ客観的に捉える能力を身に着ける必要がある。このタイプの人は、多くのよくないアイデアや仮定を簡単に思いついてしまうため、これは何をしてでも避けなければいけない。)

2014年3月9日日曜日

「最高の授業」を世界の果てまで届けよう

私の働く組織の日本人の集まり(ハッピーアワー)で初めて会った税所くん。

こちらを見てニコニコニコニコしていたので、「どこかで会ったことがある子かな?でも見覚えないけどな・・・」と思っていたら、そのうち声をかけられて「旦那さんのところにしばらく泊まらせてもらってました。そのときに、えりさんの写真をいくつもみていたため顔を覚えてました!」と言われ、あーそういえば暫く学生の子が泊まってたと旦那が話していたなぁ、この子だったんだぁ・・・と納得。

そのときにうちにといただいた本がこちら。
「『最高の授業』を世界の果てまで届けよう」

来週に南スーダンの政府の人たちをナイロビに招いて、(昨年末の紛争勃発以降の状況を踏まえて)事業のレビューを行うので、南スーダンについて思いをはせる日々。

アフリカの優等生ケニア、ウガンダやタンザニアでも学校の教育の質は問題だと聞くので、南スーダンのような紛争影響地域ではなおさら。私も以前南スーダンに駐在し教育事業を担当していたため、学校の様子についてはある程度の現場感覚はある。教育省には、たくさんの専門家やドナー関係者が世界中からかけつけて協力を持ちかけていたけれど、現場の吸収能力にももちろん限界があるため、かなり混乱した様子だった。そして、女子教育についてはもっと悲惨。小学校を卒業するよりも、妊娠して亡くなる可能性のほうが高いのだから・・・

そんな中、ケニアやウガンダで提供されている学校の授業をビデオで録画する形で南スーダンの子供たちに届けるほうが(学校の先生を再教育して授業の質を向上させていくよりも)近道でかるインパクトも期待できるのではいか・・・ケニアやウガンダなどで教育を受けて現在省庁で活躍している南スーダンの人たちを私はたくさん知っているし・・・とぼーっと妄想していた。

そんなときに税所くんの本を思い出して手に取る。

一気に読んで心が揺さぶられた。

彼の行動力と(周りをつぎつぎと巻き込む)共感させる力に。

彼が窮地に陥ったときに暖かい声をかけてくれる周りの人たちもまたすばらしい。

途上国に必ず存在するカリスマ講師の授業をDVDに納め、それを途上国の農村に住む子供たちに届ける―この活動が子供たちの未来を切り開いていく・・・

私が週末にアメリカの自宅でぼーっと妄想していたことを何年も前から現場で(それも世界五大陸で)実現している青年がいたのだ。

もちろん、いい大学を出たとしても就職口がないという途上国の若者の話をよく聞く(スリランカや南インド、中国など)。なので、途上国の「果て」に住む子供たちに最高の授業を届け、彼らの大学進学率を伸ばしていくことだけで途上国の教育問題が解決するわけではない。また、事業の収益性が未だ確保できていない中で、どう事業を拡大展開・深化させていくのか、この点に課題があることについては税所くんも著書の中で言及していた。

でも、何事もやってみないと次にはつながらないし、数年でここまで事業が展開できたのであれば、その先に待ち受けている様々なチャレンジについてもいろんな人たちを巻き込みながら、うまく解決していけるのではいか・・・という気持ちになる。

彼の著書を通じて、彼の冒険を追体験させてもらっているような気がして楽しかった。

私が一生関わりたいと思っている紛争影響地域は、治安の関係から他の地域から物理的に遮断されていることが多い。また、多くのいい人材が現地を去り、そして、外の優秀な専門家も現地を訪れたがらない。他の地域であれば「当たり前」にできることが、紛争影響地域だからという理由であきらめなければいけないことがあまりにも多すぎる。

そのため、税所くんのこの事業はこういう地域でこそ必要とされているのではないかーそう強く感じた。

フィリピンのミンダナオでもこの事業を展開する予定だという。そこでの経験・ノウハウをスーダンや南スーダンに持っていくことはできないか・・・私の週末の妄想は続く。



「自ら戦略を持つのではなくて、現地の人に任せるなんて、君は新しいタイプの経営者だ。皮肉ではなく、それはおもしろいと思う。経営はやりたいようにやらなきゃダメだからね。一方で、『試しにいろいろやってみる』というのは、失敗する経営者の常だ。いまから5つ、僕からアドバイスをさせてほしい。メモしなさい。マヒン君、君もね。
1.生と映像とでは迫力が違う。圧倒的なコンテンツをつくり続けなさい。そしてちゃんとメンテナンスを続けなさい
2.日本ブランドを作りなさい。日本の国旗を入れるのもいい。
3.プロモーションやデモンストレーションは、コンテンツの『はじめの1』をお客さんに観てもらうためにやりなさい。残りの『99』のためではなく。とにかく、『1』を見てもらうことに全精力を傾けなさい。
4.マヒン君のようなコーディネーターを育てなさい。これはこの事業の肝だ。
5.この2年間で、事業としての実績を作りなさい。これ大企業の戦い方ではない、ベンチャーの戦い方だ。まず2年間の計画を立てなさい、今までのは白紙にして、すべてを。3ヶ月に一回の会議と、毎月の収支報告をしなさい。」(ワタミ渡邉会長から税所くんへのメッセージの抜粋)

「(税所くん発言)先生、実は僕の中途半端な取り組みのせいで、ワタミからパートナーシップを打ち切られることになりました・・・」(中略)「(先生)は、は、は!そりゃよかったじゃないか。(中略)アツヨシ。いいか、お前な、世界を変えるなんてのは一生の仕事なんだぞ。お前はスタンドプレーが好きだが、いつもそれでやっていけると思うのがまちがいだ、バカもの。これでまた一からのスタートだ。出直せ」(米倉誠一郎一橋教授から税所くんへのメッセージ)

「足立区長?就職?ぜんぜんおもしろくない。いまの年齢でここまでやれたんだろ?考えてごらんよ。この道であと10年も続ければ、もう誰も勝てなくなる。(中略)税所くんが世界のあちこちで破壊すればするほど、日本の同世代に創造的な影響力を与えられる。もっと道を外れていい。生きるか死ぬかを体験してこいよ。他人からどう見られているかなんて、気にしたってしょうがない。もっと自由に生きてみろ。(中略)人生は逆張りで行く。それがポイントだ。そのほうが断然かっこいいし、第一な、モテる。いま、君はいい感じで逆に張っている。この逆張りをさらに突き進めていい。マイクロソフトやグーグルの創業者が、途上国の支援を積極的に手がけているのは知っているよな?彼らがそうした活動を始めたのは、商売で成功した後の話だ。だが君はもっと上だ。いまの身分ですでにアクションを起こし、しかもちゃんと結果を残しているんだから、自信を持っていい。(中略)それにな、大学を出て普通の会社に就職しても、そこで得られるものはほとんどないぞ。一度、外で蓄えてこい。まずは子どもたちのためだけに集中して、その先になにがあるかを探すんだ。わけのわからない体当たりをして、日本人の限界を超えてみろ。20年それを続けたら、君の勝ちだよ。(中略)最後は、世界が君に追いついてくるさ」(藤原和博先生から税所くんへのメッセージの抜粋)

「もしわたしが税所くんの今の立場だったら、こんな風に考えたと思います。アメリカで開催されているコンペなので、アメリカ英語でやるのは当然だが、なぜ日本語じゃだけなんだろう。いっそのこと、日本語でしゃべてしまおうか。それでもまったく構わないかもしれないけれど、一応礼儀としてすこしだけ英語を使ってやろう。それも、アメリカ英語なんか使ってたまるか、日本英語でやろう、なにせ自分の日本英語は、バングラや中東やアフリカでは通用したわけだから。そのほうが、明確にアメリカ人のグループとは差別化できるだろうなぁ。よし、その方針で行こう、それなら自分にできるかもしれない。そのためには、流暢に、たくさん説明するのはやめよう。それより、すくなく、ゆっくりとした説明を、自信をもって、熱をこめて参加者に訴えかけよう。参加者がもし心ある聴衆であれば、自分がたどたどしく日本英語で説明することを、しっかり聞いてくれようとするだろう、それがアメリカだと思うから。」(友成真一早稲田大学先生からアメリカでのプレゼンを控えた税所くんへのメッセージ)

「生きている限り、パンツ一枚分だけ黒字であれば、それでいい。(中略)非常識だと思われていることをやることに異議がある(中略)無我夢中でやっているうちに、気づけばステージが上がっている。だから君は今の活動を一生懸命進めていくんだー」(中古車販売最大手ガリバーインターナショナルの羽鳥兼一会長から税所くんへのメッセージ)

「僕とマヒンは、ダッカのストリートチルドレンがら購入した同じ地図を持っています。5大陸のたびをスタートするときに、僕たちはその地図にこう刻みました。
The end of life is not knowledge but action.」(第七章より抜粋)

2014年1月5日日曜日

祈る平和

南スーダンの西エクアトリアで見た夕日

年末から第二の故郷・南スーダンの事態が気になっています。

去年の12月は、年明け早々立ち上げ予定だった南スーダンの起業家支援のプログラムの中身の詰めを行っていました。その詰めも終わろうとしていた矢先に、南スーダンの首都ジュバで、(元副大統領率いるグループによる)クーデター未遂があったという情報が入ってきて・・・

一方で、元副大統領はクーデターの試みはなかったと主張しています。

その後大統領と元副大統領の政治的な対立は、大統領の属するディンカ族と元副大統領の属するヌエル族との間の民族的な闘い(殺戮のしあい)に一気に拡大しています。

死体の山が首都ジュバや他の州の州都でも見つかっているというニュースや記事も目・耳にしています。死者は1,000人以上にのぼるという情報もああります。

元々反政府勢力が存在し、また、牛・女性・子どもの民族間の奪い合い等で治安がなかなか安定していなかったジョングレイ州の州都ボーが元副大統領グループの手に落ち、石油資源が豊富にあるユニティ州都も反政府勢力の手に落ちたという情報もあり・・・戦火は全10州のうち、半分に及んでいるようです。

更には、スーダンやウガンダの介入の可能性もゼロではないという話しもあり・・・

エチオピアで和平交渉が行われるようですが、大統領側は「反政府勢力とのパワーシェアリング(副大統領や大臣といった主要ポストの提供といったようなこと)はあり得ない」と明言しており、一方、元副大統領側はクーデター未遂犯として逮捕された仲間たちが解放されなければ、そして、和平合意事項の実行及びモニタリングが確実に行われるという保障がなければ、停戦には応じないとしているため、両者が合意に達することができるのか―かなり不透明だと言わざるを得ません。

駐在していたときに一緒に働いていたローカルスタッフ、そして、政府の役人の人たち、NGOの人たち、更には、近隣諸国から出稼ぎにきてドライバーやホテルスタッフとして働いていたケニア人やウガンダ人たち―飛行機で外に脱出することが容易でない人たち―彼らは無事なのでしょうか。

もう戦いはいやだと心から思っていた南スーダンの人たちをたくさん知っているだけに、現地の情勢は彼らの思いからはあまりにもかけ離れ過ぎていて、言葉を失ってしまいます。

2005年の南北スーダンの停戦合意以降、インフラ建設、政府システムの構築、そして、人々の間の信頼情勢などが急ピッチで行われてきました・・・停戦合意後たったの9年間しかなかったので多くのことが達成できたとはとても言えない状況です。でも、今のままではこれらが一瞬にして無に帰してしまうかもしれません。それでは、あまりにも悲し過ぎます。

首都ジュバから車で一時間走れば、保健システムも教育システムも安全な水へにアクセスもないところはそこらじゅうにあります。だからこそ、これからも「戦い」以外にやることが山ほどあるこの国で、のちのちに禍根を残すような民族同士の殺し合いが行われて、内戦に発展しそうになっているという現状に対して、現地の人たちが誰よりも心を痛めているに違いありません。

南スーダンで働いているとき、心とビジョンあるリーダーに出会うことが何度もありました。
どうか、彼らの声が、大統領側にも元副大統領側にも届き、大統領と元副大統領が思いきった、かつ、現地の人たちに共に生きる勇気と希望を与える決断を促しますように。

大学時代の恩師がいろんなところで口にしている言葉「必要なのは祈る平和ではなくつくる平和」という言葉が好きで、平和構築に携わることを希望してきましたが、今の私が(南スーダンの現状について)できることは祈ることだけだという現実がとてももどかしいです。

エチオピアでの和平交渉がうまくいって、一日も早く南スーダンの人たちとの国づくりに向けた作業が再開できますように。

2014年の年始に願ってやみません。

2013年12月1日日曜日

I don't know how she does.

出張のときか、休暇のときか、忘れてしまったけれど、飛行機の中で見た映画『I don't know how she does』。直訳すると、『彼女がどうやって(仕事と家庭を両立させて)いるのか分からない』となるかしら。私だったら『スーパーウーマン』とでも意訳したいところ。

日本ではもうすぐ公開されるのかな?!

Sex and the Cityでお馴染みのサラ・ジェシカ・パーカーが主人公で、投資銀行でバリバリ働くキャリアウーマンかつ一男一女の母という役を演じています。

子どもに寂しい思いをさせていることに罪悪感を感じながらも、そして、ここで新しい仕事を受けてしまうとまた家族との時間が減ってしまうので断るべきだと頭では分かりつつも、新規の案件を受けてしまう彼女。

子どもの学校の行事、お誕生日会、家族の行事などなど。

仕事も責任のあるポジションできちんとこなしながら、なんとか、家族との時間や行事もこなしていく姿に、(子どもはまだいないし、管理職でもない私も)「あー、わかるわかる、そうだよね!!!!」と共感しまくりでした。

あまりにもどたばたした毎日で、うまく歯車がまわらなくなってしまったときに、旦那さんが彼女に言った一言。

「常にロジの話ばかりするのは嫌だ…5分でいいから、きみとゆっくり話しをする時間を持ちたい。」

いつか私も旦那さんに言われそう…苦笑。

それでも、なんだかんだ言いながら理解ある旦那さんに助けられながら、仕事も夫婦関係も子育てもオシャレもなんとかこなしていく彼女の姿に、心からエールを送りたいと思った私でした。

おまけ:この映画について書かれた以下のコラムもとっても共感。
http://mamapicks.jp/archives/51818846.html

2013年11月30日土曜日

海賊とよばれた男

旦那さんにつられて読んだ本。

出光の創業者出光佐三をモデルにして書かれた話。

出光佐三さんの目先の利益に捉われない国益を見据えた行動、そして、社員を誰よりも大切にして家族のように扱う姿勢。

ただただ圧倒された。

リスクのない大仕事なんてない。

でも…

一歩間違えれば、国賊扱いをされたり、死が待っていたりする世界…

更には、失敗すれば(自分だけならまだしも)、家族、社員、そして、事業資金を提供してくれた人たちまでも路頭に迷わせることになる。

そんな中でも、自分の信じた道を歩みつづけた出光氏。

「思えば、戦い続けた人生であった」
「苦しみ続けた人生だった」

と出光氏は社長として闘い続けた50年について懐述しているが、本当の英断をし社員と歩み続ける経営者というのは、(華やかに見える裏で)孤独で辛い日々を過ごしているのだろう。

彼の言葉ひとつひとつに凄みがある。

「五十年は長い時間であるが、私自身は自分の五十年を一言で言いあらわせる。すなわち、誘惑に迷わず、妥協を排し、人間尊重の信念を貫きとおした五十年であった」

「たとえ九十九人の馬鹿がいても、正義を貫く男がひとりいれば、けっして間違った世の中にはならない。そういう男がひとりもいなくなったときこそ、日本は終わる」

在るべき社会の姿、国家の姿を思い描き、そこから今の自分の使命を読み取り、それを行動に移していく…その本気につられて多くの社員や関係者が惹きこまれていく…そして、それが最後には国を動かす・国民を勇気づける力になっていく…

こんな人生があったことを知ることができて幸運だった。

彼が社員向けに書いた本『マルクスが日本に生まれていたら』もぜひ読んでみたい。

出光の創業者をモデルに書かれた本

2013年6月29日土曜日

閖上再訪

復興米の袋詰めのお手伝い@名取


(少し前の話しになりますが)今年3月9,10日にコンパスポイントの仲間8名と一緒に特定非営利法人ロシナンテスの東北事業所を訪問しました。


2011年、2012年、そして今回とこれで3回目になります。閖上(ゆりあげ)朝市で朝ごはんを食べるのは毎回お決まりのお気に入りのコースですが、地元の方々との信頼に根差した本音の会話に参加したり、刻々と変わりゆく現地のニーズをくみ取りながら活動を展開するロシナンテスの活動を垣間見ることには、いつも様々な「気づき」があります。


今回の訪問の主な目的のひとつは、2011年に瓦礫撤去をお手伝いしたお宅の再建のお祝いをすることでした。

そのお宅は、津波による被害があったことはまったくわからない程度に再建されており、仕事の合間を縫って自宅を再建された家主の方の思いが(建物から)よく伝わってきました。瓦礫撤去をお手伝いさせていただいたメンバーでそのお宅を再度訪問し、家主の方の「思い」をひと時でも共有することができたことは本当によかった…

このような「場」を提供してくださった家主の方とロシナンテスに感謝です。



地元の方々とよなよな語っていたとき、ある方が「復興」と言われることが嫌でしょうがないと話されていたのが印象的でした。

外部の人間が(または内部の人間さえも)何気なくつかっている「復興」という言葉。

地元の方からしてみれば、いつまでも「復興」と言ってられない、大震災が起こっても日々は続いていくのだから…という気持ちなのかもしれません。

私自身が仕事で携わっている紛争後の地域に生きる人々からも同じようなことを聞いたことがあります。

「平和構築」や「復興」という言葉は嫌いだ、いつまでそんなこと言っているんだ?!と。

なるほど…


また、「生きているだけでよかったね」と言われることも震災にあった方々からしてみれば複雑なようです。

写真数枚以外は(家も含めて)全部失ったということの重み―想像の範囲を超えた出来事が起こったのだということを(東北の風景が少しずつ元通りになっていっていたとしても)心に留めておく必要があります。


一方で、繰り返し被災地を訪問してもらい、「何かできることがあれば…」と言われることは、やはり嬉しいことだとも地元の方々は話されていました。

外部の人間は、(被災地の方々のために)何かできる、とか、(被災地の方々と)分かりあえる、とか過信することなく、未来に向けた協働の可能性を静かに探りつづけることが求められていることなのかもしれないな、と仙台駅までの帰りの車の中で思いました。



3.11以降、避難所での医療活動から、ラジオ体操、瓦礫撤去、復興新聞、芋煮会、運動会など活動を展開させていったロシナンテス。

現在は仮設住宅に住む高齢者を対象としたコミュニティーファーム「健康農業 亘理いちご畑」の事業を展開しています。

東北事業所の代表のOさんは、現地で活動されることの意義や難しさ、そして、日々感じていることを(地元の美味しいお魚を食べながら)率直に語ってくださいました。


ロシナンテスはスーダンでも東北でも、現地のニーズに柔軟に対応しながら活動を進化させていくユニークなNPO。


これからも継続的にコンパスポイントのメンバーと一緒に東北とロシナンテスを応援していきたいです。


◆ロシナンテス東北事業所の活動の様子→ http://tohoku.rocinantes.org/

2013年2月18日月曜日

0.001のプラスにかける思い

私と同じ歳の山口絵理子さん。マザーハウスという会社の社長さんです。

マザーハウスは、バングラデシュとネパールで現地の人たちが現地の素材でつくった鞄などを日本の直営店やデパートで販売しています。


その山口さんが書いたエッセー『自分思考』。


自分の主観を大切にしながら、多くの失敗を重ねつつ、そして、たくさん傷つきながらも、途上国発のブランドをこの世に誕生させて広めるために、一歩ずつ前進してきた山口さんの人生に対するスタンスや判断基準がよくわかる本。


仕事なんて選ばなければいくらでもあり、また、政府が「日本人」というだけで守ってくれるような日本で生まれ育った私たちはそれだけでとてもハッピー。だからこそ、せめてやりたいことをやろう、自分の人生をまっとうしようと思い、それを実行に移している彼女。

途上国は「かわいそう」の対象ではないという徹底した信念があったからこそ、マザーハウスという途上国の人たちを真のパートナーとするような会社をつくることができた彼女。


かっこいいなぁ。


何かをはじめるときに大切なのは、説得力よりも情熱からくる狂気じみた妄想と実現させたいという素直でピュアな気持ち―最前線に立つということは、つねに現場にいて、自分の主観を磨いて、数字にあらわれない世の中の動きを感じ歩くこと―


同じようなことを元世銀副総裁の西水さんも言ってたな(Sensing the futureという言葉で)。


社長とデザイナー。両方やるからこそ見える風景もあるのではないかという山口さんの悟り。


これって、家庭と仕事の両立にも言えることかもしれないな。


信頼のベースを形成するのは自分がまず信頼すること―マザーハウスのスタッフは明日会社がなくなったとしてもまた0を1に自分たちでできる人たちなのだという絶対的信頼―


これだけのチームをつくるのにどれだけの苦労をしてきたのだろう。私自身途上国で労務管理をやっていた経験があるので、その難しさは痛いほどわかる。途上国ではいいスタッフを見つけるのだけでも難しいのに、その上チームビルディングとなると更にハードルはあがる・・・


継続することの尊さについて、山口さんは言及しているけれど、私は同じものをロシナンテスの代表川原さんにも感じる。一生コミットするという覚悟。その覚悟から生まれる現地の人たちとの強いきずな・・・かなわないなぁ。


生みの苦しみ
退路を断つということ
小さな変化を喜ぶということ
責任と自由
犠牲と前進
正しい答えなんてないということ・・・


キーワードをあげればきりがないけれど、私は何より山口さんの泥臭い感じに、またたまらなく魅かれてしまう。


自分の気持ちを+-ゼロに戻してくれるそんな一冊です。

2013年2月11日月曜日

地殻変動にとことん向き合う

司会のしんちゃん。

今日は久々のコンパスポイント( http://compasspoint.asia/ )。

ゲストは、岡本佳美( http://www.rhythmoon.com/interview/067/ )さん。

仕事をしながら家庭も持つということについて、いろんなTipsをちりばめながら、ずばりと語っていただきました。

最近ずーっともやもやと考えていたことが、岡本さんのおかげてぱーっと晴れて行ったというか、前向きなカツを入れていただいたと言うか・・・

今日も20代30代の働く女性が30人ぐらい集まっていましたが、そんな彼女たちの心に響く言葉をストレートに発し続け、かつ、ご自身の経験や失敗を惜しみなく共有してくださった岡本さん。

この一期一会に大感謝。
ここ1年ぐらいの間に会った人の中で一番びびびっときました!!

岡本さんの心に残った11のメッセージは以下のとおり。
私も旦那さんとの向き合い方を変えてみようと思いました。
まずは、Googleでのスケジュールの共有と週2回のスカイプからかな。

素敵な祝日でした~♪




・このまま収入が増え続けるということにどんな意味があるのかと考えた。この先に何があるのだろうと―そして、自分が本当に価値があると思うものについて伝えることを仕事にしていきたいと思った。

・誰から学ぶのかということが大事。だからこそ、人との出会いを大切に。その出会いをちゃんとつかめるようにするためには、直観を磨き続けること。

・社会人になって6-7年目のアラサーのときには、必ず地殻変動のような出来事が起きる。ひずみがあれば自分でとことん向き合うことが大切。それができれば、ハッピーなアラフォーが待っている。(Tips:地殻変動→大地震→行動へ)

・アラサーのときに今と違うチャレンジがあるとすれば、それをやることをお勧めする(例:ビジネスセクターにいた人がNPOの分野にチャレンジするななど)。そのときは金銭的な面等で得るものはなくとも、数年後必ず自分のノウハウが倍以上になっていることに気づく。そして、それはビジネスの世界でもいきてくる。

・パートナーとは、家事だけでなく、経済的な責任も完全にシェアするつもりでいる。家事だけ半分ずつとは思っていない。パートナーに数年間収入がなくなったとしても、一家を養えるだけは稼げる自分でいたい。

・パートナーとは、何でも共有し、語りつくすこと。そして、そのためには、共有するための時間をきちんととるように心掛けること(Tips:岡本さんは旦那さんとの時間を自分のスケジュール帳にスケジュールのひとつとして入れて管理しているそう)。

・家事は夫婦間できちんと引き継ぐこと。引き継ぐ方がきちんと引き継ぎができていないのに、引き継がれる方を責めてもだめ。仕事と同じように丁寧な引き継ぎが大事。(Tips:家庭用品の在庫管理の方法は事前に決めておくなど)


・逆算して事業計画を立てるなんて無理無理。やりたいことはやりたいときにMAXでやる。子どもがそろそろ産みたいからといって仕事をセーブしたりはしないこと。やりたいことをめいっぱいやってエネルギー値があがっているときに子どもだってできるはず。

・子育てはめちゃくちゃ面白い。でも、子どもを育てることは、24時間がアンコントローラブルになるということ。だからこそ、自分の時間軸を持つことが大事。

・夜の18:30-19:30の間にうちに帰って家族でご飯を食べる。そして、子どもが寝る21:00以降に仕事をしたり自分の時間を持ったりする。決めてやれば、やれないことは絶対ない。

・自分の時代時代で、時間軸を調整できるようになること。例えば、独身時代は仕事とプライベートは9:1だけれど、子どもが産まれたらしばらくは2:8など。それを会社に提案できるだけの能力をそれまでに身につけておくこと。

2013年2月6日水曜日

リーダーシップが人生と世界を変える?!

仕事中に上司に呼ばれて、「はい。仕事の仕方で参考になることが書いてあったから」と渡されたのがこの本。

私は全然知らなかったのですが、渡された後によくよく周りを見渡してみると、ランチの場所でも電車の中でも読んでいる人を発見。今話題の本なのですね。

私は、周りに何人かマッキンゼーで働いている人または働いていた人がいるので、「あーこの著者の方にみんな採用されたのだなぁ」と思いながら、なんとなくこの本を読んでいたのですが、読み進めるにつれて、

-なぜ欧米の大学院の試験ではリーダーシップの経験について聞かれるのか
-なぜリーダーシップを発揮できるメンバーが多数集まったNGOが魅力的なのか
-なぜうちの会社の採用面接でリーダーシップの経験について聞かれたのか
-なぜ「20代のうちにリーダーを経験したことない人は真のリーダーにはなれない」とゼミの先生が話していたのか

という問いに対する答えがわかった気がしました。

また、社会問題を自らの問題として捉え、意見を持ち、行動に移していくアメリカの一般市民をとても魅力的だと高校生の頃の私は思ったのですが、その魅力がアメリカ市民の「リーダーシップ」にあったのだということにこの本は気づかせてくれました。


マッキンゼーで12年間採用を担った著者がマッキンゼーの採用基準として掲げているのは、

①リーダーシップがあること
②地頭がいいこと
③英語ができること
④日本がができること

の4つ。日本では、そもそも教育においてリーダーシップを身につけることが重視されていないため、リーダーシップのある学生を探すのが大変なのだそうです。


また、リーダーシップに求められている4つのタスクは、

①目標を掲げる
②先頭を走る
③決める
④伝える(コミュニケーション)

の4つ。どれがかけてもリーダーとしての役割を果たしていないことに…

確かに、私の敬愛する上司/元上司は、①~④の全てを備えつつ、特に④コミュニケーションの能力に秀でている気がします。


強い組織は、数の限られたリーダーによって率いられる組織ではなく、多くのリーダーが自発的に行動する組織なのだという著者の指摘は、ごもっともだと感じるとともに、私自身の会社での行動を振り返ってみると反省点は多々あるなと感じています。

いわゆる「人事」本かと思いましたが、どちらかというと自分の行動を振り返るきっかけを与えてくれる「啓発」本でした。

著者は、リーダーシップは訓練を積めば誰でも学べるスキルであり、また、すべての人が日常的に使えるスキルであると言っています。

まずは、日々の業務から・・・きっと本を貸してくださった上司のメッセージもそこにあったのかな。





「『問題の解が見つけられること』と、『問題が解決できること』はまったく次元が異なります。『こうやれば問題を解決できる』とわかっていても、その実施のためには、組織の仲間に痛みを強いたり、外部企業との微妙な提携交渉をうまく乗り切ったり、経営者自身も、今までに経験したことのない領域に足を踏み出してもらうなど、さまざまな支援が必要です。(中略)困難にぶつかりつつも着実に前進するために必要な力も、地頭のよさとは無関係です。人や組織に関する深い洞察や感受性、強靭な精神力や未知のものに対する楽観的な姿勢(ポジティブシンキング)、粘り強さ、リーダーシップなど、求められる資質は多岐にわたるのです。」

「コンサルタントに向いているのは「半端でないレベルまで考え尽くすことができる人」です。純粋に考えることが好きで、考えることが楽しく、ヒマさえあれば何かについて考えている、思考意欲の高い人です。」

「マッキンゼーでも、(中略)最もインテリジェントだと思われているのは、処方箋を書くための、構築型の能力がある人です。(中略)政治や経済の現状について、「ここがよくない、あそこが悪い」と指摘したり、「なぜうまく回らないのか」と分析することは難しくありません。しかし、「ではどうすればよいか」、「全体としてどのような仕組みをつくり上げれば解決できるのか」、包括的に提示することは容易なことではありません。」

「自分の言動を変えるのは自分一人でできるけれど、自分以外の人の言動は、リーダーシップなくしては変えられないのです。」

「(リーダーシップは)プロジェクトマネジメントとも異なります。プロジェクトマネジメントという概念には、プロセス管理、予算や人材のリソース管理、進捗管理など、管理業務が重要な要素として含まれています。しかし、問題解決リーダーシップとは、プロセスをうまく回すためのスキルではなく、答えの質そのものの向上を追求するためのスキルです。」

「私に求められているのは、『自分で決め、その結果に伴うリスクを引き受け、その決断の理由をきちんと説明する』ことであって、上司の指示をすべて聞きいれることではなかったのです。」

「辞令によって配属が決定され、『石の上にも三年』などと言って、実力にかかわらずすべての新人に下積みを求める組織では、成長の可能性とスピードは運と偶然に大きく依存してしまいます。」

「判断力、決断力について信頼でき、言うべきことを言うのに躊躇せず、やるべきことはリスクをとっても実行する」(いざという時に選ばれるリーダーについて)

「どこで働く人も、自分の成長スピードが鈍ってきたと感じたら、できるだけ早く働く環境を変えることです。(中略)『ここ数年、成長が止まってしまっている』と自分自身で感じ始めてから数年もの間、同じ環境に甘んじてしまった後に転職活動をしても、よい結果を得るのは難しいということを、よく理解しておきましょう。」

「『変化に対応する力のある人』を求めるという言い方がありますが、リーダーシップ・ポテンシャルの高い人を求めるという趣旨から言えば、変化への対応力が高い人ではなく、むしろ、『変化を起こす力のある人』が求められています。変わっていく社会に対応する力をもつ人ではなく、社会なり、組織なりを自ら変えられる人という意味です。」

「ホワイトボードの前に立って議論のリーダーシップをとるには、会議の参加者が発する意見を全体像の中で捉え、論点を整理して議論のポイントを明確にしたり、膠着した議論を前に進めるために視点を転換したりと、さまざまなスキルが求められます。この『ホワイトボードの前に立つ』という経験を通して、新人コンサルタントはディスカッション・リーダーとしての訓練を積んでいくのです。」

「現状を変えられるのは、神でもスーパースターでもありません。必要なのは、組織のあらゆる場所で、目の前の変革を地道に主導するリーダーシップの総量が、一定以上まで増えることです。」

「あらゆる人が日常生活の中で自分なりにリーダーシップを発揮する社会となり、『誰かが決めてくれるのを待つ。誰かが決めてくれたらそれに従う』のではなく、『自分たちで話し合って決めていく、そのリードを自分がとろう』という姿勢に変わるだけで、社会のあり方は大きく変わっていくはずなのです。」

「組織とは、所属し、守ってもらうものではなく、率いるもの」

「『社会を変えたいなら、まず自分の生き方を変えないと始まらない』」

『採用基準』 伊賀泰代 より

2013年1月30日水曜日

大学での一コマ


去年の12月にA学院大学の授業『国際政治』の一こまで授業をさせていただきました。

40人ぐらいの学生さんの前で『平和構築~南スーダンの事例から~』という題名で講義をし、その後質疑応答も含めて計90分。

大学院の先輩からオファーをいただいて教壇に立たせていただいたのですが、その先輩がつっこみが厳しいところがあるので、授業中はどきどきしっぱなしでした。終了後、「面白かったよ。僕も勉強になった」と言ってくださり、ほっと胸をなでおろしました。

質疑応答での学生さんからの質問は、どれも新鮮でかつ勉強になりました。


・現場ではどのような人達と協議を行うのか。

・平和構築の理論と現実とのギャップについて(現場で直面した事例の紹介)

・日本経済が縮小していく中でODA(政府開発援助)の額が減っていくことについて、ODAを扱う組織で働く職員としてどう感じているか。

・平和構築も重要だが、日本企業の海外進出支援も大事なのではないか。

・開発援助が現地に負の影響をもたらした具体例について。

・(平和構築の現場では)高等教育支援は行わないのか。

・現場で危ない目にあったことはないか。

・なぜここまで開発の世界にどっぷりつかることになったのか?(就活生へのメッセージ)

・・・・

私の授業を通じて、少しでもこの業界に興味をもってくれた学生さんがいたら、嬉しい限りです。



ところで、最近よく学生さんから聞かれる質問のひとつが、(この業界で働いていて)結婚できますか?というもの。

質問の真意はよくわかりませんが(忙しいから出会いの機会が限られているでしょう、という意味なのか、はたまた、途上国にがんがんでかけていく女性はたくましすぎて結婚できないでしょう、という意味なのか・・・)、そんなことはないですよーと強く言いたい今日この頃。

2013年1月27日日曜日

『あなたの中のリーダーへ』




誰もが世界をよくしていくための力を秘めている。
要はその力に気づいて本気で行動するかしないか・・・それだけのことなのよ。



この本を読んでいる間中、著者が私にそっとやさしくこんなふうに語りかけてきているような気がしていました。

世界銀行(世銀)の副総裁までなられた西水さん。
開発の世界では緒方貞子さんと同じぐらい有名な日本人女性なのではないかと思います。

世銀では、途上国開発に直接携わる仕事だけでなく、世銀自体の改革も担われていたようで、その改革の事例の多様さとインパクトには驚きの連続でした。

例えば・・・

・世銀に託児所を設置する→男性職員もこぞって利用するようになる
・世銀職員に貧困を体験させる→職員の頭とハートがつながる
・世銀職員の子どもを出張に同行させる→子どもが働くママを応援するようになる

などなど。

そんなに斬新なアイデアというわけではありませんが、実際に実行に移すとなると、様々な障壁が想定されます。

例えば・・・

・託児所の設置には費用がかかる
・貧困体験や子どもの出張同行にはリスクが伴う(何かあったとき誰がどれだけ責任を負うのか?)
・貧困体験なんかしていると、ただえさえ忙しい職員がもっと忙しくなる

などなど。できない理由をあげたら、きりがなさそうです。

でも・・・そんなリスクをものともせずに、改革を次々と実行に移していった西水さん。

私は現在人事部で働いているため、世銀の組織改革のところがやはり気になって熟読したのですが、「ここまで思いきったことができるだろうか・・・」と自省の繰り返しでした。

最後の藤沢久美さんの解説もまたいい。

「こうした企業(地方の小さな企業)の経営者たちは、社員の中に役に立たない人はいないと言う。(中略)それぞれがもつ色を見つけ出すことが経営者の仕事であり、必ず光ると信じきる能力が経営者の資質だと言う。(中略)こうした経営者は言う。闘ってはいけないと。闘うことは、敗者を生むことであり、相手から何かを奪うことになる。(中略)もし、私たちが闘うことがあるとすれば、その相手は、自分の中にある安きに流れる自分の心なのだろう。(中略)私たちは、ブータンから学ばなくてはいけない。西水さんが縁を得られた多くの貧困の村に生きる人々からも学ばなくてはいけない。そして、西水さんが実現された世界銀行の改革のプロセスからも学ばなくてはならない。そこには、物質的にも経済的にも豊かになった国が、お金やモノではないものを求めることで、結果として、経済成長する社会をつくるヒントがたくさんある。そして、それを実現するのは、私たち一人ひとりの意識と行動。それは、私たち一人ひとりの中に眠るリーダーが、目を覚ますことから始まる。」

巨大官僚組織と言われる世銀で組織改革ができたのだから、他の組織でもできるはず・・・
「誰かが動かねば組織文化は変わらない。逃げるな卑怯者!」という西水さんの声が聞こえてきそうです。




人間、感動なしでは、本気で動かない。本気で動かぬ人間の組織に、ビジョンを追求し続ける変革は、在り得ない。


(悪質な縦割り業務について)心がまえの問題だから、組織改革は意識改革に準じるべきだと言う。部門を超えるチーム精神を人事の中心に置かなければできない改革。


信じられるか否かは、自分自身の姿勢で決まる。つねに自分に正直で、絶対無条件に人を信じる姿勢、すなわち「本物のリーダーたる根本条件」だ。


Think out of the box. 型にはまらず考えろ


「日本でいちばん大切にしたい会社」の経営理念も、国民総幸福量の政治哲学も、それを為して成すのは経営の品質、すなわちリーダーシップとマネジメントの品質に尽きる。会社でも国でも、一審本気でブレのないリーダーがあってこそ、幸せを可能にする成長が実現する。


組織の最高責任者として絶対に心得ておくべきことは何かと、最近世界各国でよく聞かれる。「Sensing the future―未来を感知すること。論理のみに頼らず、五感六感で未来を感じ取ることです」と答えている。


「何をすべきかではなく、すべきことをどう捉えるか。この違いが、組織を動かし、社会を変え、人の命さえをも救う」

『あなたの中のリーダーへ』 西水美恵子 より


2012年1月26日木曜日

最終講義

今日は東京大学の北岡伸一先生の最終講義を聴講しに、東大に行ってきました。


テーマは、『日本における政権交代と外交転換』。


先生は、博士論文を書かれていた頃から一貫して「合理的な対外政策を生み出すための国内基盤とはどういったものか」(つまりは、内政と外交の結びつき)ということに関心を持たれながら、幅広く研究活動を展開されてきました。


何十年にも渡る研究活動のエッセンスを盛り込んだ100分の授業。
10年前に初めてお会いしたときと変わらず、スパイスとユーモアを忘れない語り口。
200人ほどの聴衆はみなさん先生の講義に魅了されっぱなしだったことでしょう。


10年ぐらい前に、国際学生シンポジウムで先生と初めて対面しました。
「日本の外交政策のあるべき姿」について熱く議論する我々学生に対して、先生は、右でも左でもなく、ファクトに基づいて現在の日本を取り巻く環境について持論を展開されました。
そのとき、自分の勉強不足を痛感し、「あるべき姿」ではなく、まずは我々のたどってきた道を学ばなければその先を語ることはできないと思い知らされました。


その後、先生を突撃訪問し、先生のゼミに入れてほしいと頼んだところ、あっさりOKしていただき、その後半年の間、毎週先生のゼミを楽しみにしながら参考文献を読みふける日々でした。


先生のもとでもっと勉強したいと考え、先生の所属される大学院に進学しましたが、残念ながらちょうどそのタイミングで先生は国連大使として米国に行かれてしまい、直接の指導は受けられませんでした…それでも、大学院を卒業してから幸運にも定期的にお会いする機会があり、今日に至っています。


私のように半年しかゼミを受講していなかった生徒のことも先生は気にかけてくださり、南スーダンにいる間も何度かエールをいただきました。


先生にお会いしなければ、日本と世界を繋ぐ仕事に就きたいと真剣に考えることもなかったと思いますので、今ここにいられるのは先生のおかげです。


こうやって先生に影響を受けた生徒が日本中に何百人単位でいるというのは本当にすごいことだなぁと思います。


今後先生は他の大学院に移られ、研究活動に主な軸足を置いて活動される予定のようです。


先生の恩師の方が、「『日本陸軍と大陸政策――1906-1918年』を超える著書をもう一冊書かれることを期待しております。」と本日のレセプションで先生におっしゃっていました。
恩師の方にそう言われたら先生もきっとだまっていらっしゃらないと思いますので、今から今後のご活躍が楽しみです。


先生、本当にお疲れ様でした。


◎3日前の東京の写真

2011年11月20日日曜日

ロシナンテス@東北

閖上(宮城)にて



2週間ほど前に東北(名取)で活動するロシナンテスにコンパスポイントのみんなでお世話になりました。
震災後の復興支援を現地密着型かつ型にはまらず自由な発想で行っているロシナンテス。


「まずは現地に行って見ればいい。自分に何ができるかは、それから考えればええ。」代表の川原さんの言葉。


この言葉がきっかけで東北で活動するロシナンテスのドアをたたく人たちも多いのではないでしょうか。


日本中から老若男女問わずさまざま人たちを引き寄せ、現地のニーズに合った活動を皆で力をあわせて行っていくためのプラットフォームを提供し続けているロシナンテス。


このスタイルはスーダンでも東北でもかわらないなぁ。


きっと、東北の被災地の方々の人生だけでなく、そこに関わった多くの人たちの人生を変え続けている団体。


今後も様々な形で東北・ロシナンテスと繋がって行ければと思った二日間でした。




現地で感じたことをうまく言葉に表すことは難しく…そんな中で上野千鶴子さんの「原爆のあとで、ホロコーストのあとで、大震災と津波のあとで、原発の恐怖のなかで、コトバは無力か?と問いかけられたら…無力だとおもう。でも無力でないとも思う。乾いた魂に水が吸い込まれるようなコトバが書けたら…書き手のすべてにとってのねがいをこめて、被災地に送りたい。」という言葉を思い出したり。




そして、言葉にならない思いをシンプルに、でも、力強く歌った加藤登紀子さんの歌『今どこにいますか』とMr.Childrenの歌『かぞえうた』に励まされた私自身がいました。




忘れずに、感じつづけること・考え続けること・そして行動すること。




そうありたい、そうあろうと思います。

2011年11月8日火曜日

Then & there, and now & here

南スーダンのジュバの空と虹



駐在を終えて南スーダンから戻ってきて1か月が経ちました。


戻ってきた当初は、東京のスピードについていくのがなかなか難しく、電車をあわてて反対方向に乗ってしまったり、自動ドアにぶつかったり、交差点の人の多さに驚いたり(思わず写真をとりたくなりました)…


一方で、南スーダンでは絶対無理だった、夜の一人歩きや自由な買い物、そして、料理や湯船に浸かることを堪能していました。


駐在の総括はなかなか難しいのですが、思いついたことをメモのような形でもいいので残しておきたいと思い、ブログを書いています。


まず、南スーダンに2年4か月滞在し、また、その間にスーダン・ケニア・エチオピア・ウガンダを訪問することができたため、アフリカへの心理的距離がぐんと近づいたなぁと感じています。
必要なら、または、望めば、明日にでも飛行機でふらっと行くことができる…それぐらい身近な場所になりました。
メディアを通して知るアフリカのイメージはどうしてもネガティブで、私自身行くまでは、「大丈夫かな?」と思っていたところもあったのですが、ちゃんとした情報ソースからタイムリーに治安情報を得ていれば、特に危ない目にあうこともないということを経験から知りました。
スーダンの首都ハルツームなんて本当に平和で、私のアフリカのイメージを根本から変えてくれました。


また、仕事で自分自身が使う言葉にとても敏感になったと思います。
新入社員のころにインドを担当して出張にでかけていたときには、自分が英語で話すときに使う単語にまで気を使う余裕はありませんでしたが、他のドナーの態度を見ることで、どの単語を使うかによってその言葉を発している人の持つ思想が読み取れるということを痛感したため、気をつけるようになりました。
Help/ Aidという言葉は使わず、Cooperateと言う。
Problemsを聞くことはせず、Challengesを聞く。 などなど。
とっても単純なことなのですが、現場で様々なドナーの会話を聞いていると、結構これをできてない人は多いのです。
いきなり外からやってきた豊かな国の人たちに「あなたを助けにきました」「あなたの抱える問題はなんですか?」と言われたらどのような気持ちになるだろう…そういった想像力をずっと忘れずにいたいです。


長年の夢でもあった平和構築の現場での仕事にどっぷり浸かり、国づくり支援の醍醐味と難しさも実感しました。
醍醐味は、やはり、国際社会の支援なしには総選挙、住民投票、そして独立といったステップをたどることはほぼ無理だったであろう南スーダンを目の当たりにし、国際社会が介入することによって実現する平和があることを教科書だけではなく現実の世界のこととして知ったこと。
一方、数十年も内戦をしていた国・人達と、国の制度やシステムをつくり動かしていくという作業は数年単位でできることではなく、何十年かけてトライ&エラーを繰り返しながらつくりあげていくものであるにも関わらず、ドナーの都合でつぎはぎだらけのいびつな制度が急ごしらえで用意され、文字通り「形」だけが整えられていったこと―これには一抹の寂しさ・むなしささえ感じました。


更には、今の組織に属しながらも、現地NGO、国際NGO、国連、大使館等の仕事内容を垣間見ることができたのも大きな収穫でした。
例えば、UNDPやUNICEFなんかはうちの組織と近く、先方政府の能力強化にフォーカスした事業をいくつもやっていますが、WFPやUNHCRは緊急支援的要素が強いため、やはりうちの組織とはかなり色が異なることなど、勉強になりました。
UNHCRは「今そこにある危機」への対応が求められる、そして、何万人もの命を短期間に救って明日に繋げて行くことが求められる仕事ですが、そういうものに対する憧れの気持ちは未だあるものの、一方で、自分自身は中長期的に現地の人たちと向き合っていきたいタイプですので、きっとそういう意味では緊急支援系の仕事は向かないのだろうなぁと気づいたり。


あとは、プロジェクト型支援の難しさについて。
平和構築の現場では、政府の制度や組織さえも流動的で、政策もあるようでなかったりします。そのような中で、例えば3年のプロジェクトをつくって、ある程度の仮説をたて、達成目標を設定していく―絵にかいたらとても美しいかもしれませんが、現実の世界ではそんなにうまくいくはずもなく…
まさに「事件は現場で起こっている」のですから、また、現地の状況は日々変化していくのですから、我々の協力内容もそれに合わせて流動的であるべきです。
でも、どのドナーも成果を求めすぎるあまり、硬直的な時間設定とフレームで現実を無理やり切り取ろうとする…その弊害をいくつも見てきました。


最後は、やはり、現地で起こっていることの責任をとることができるのは現地の人なので、外部者は外部者としての役割に徹することが大切だと強く感じました。希望を持ち続けながら、現地の人たちをエンパワーしていく―主役はあくまでも現地の人たち。
そういった意味では、平和構築の現場では「平和の配当」を人々に実感してもらうためにスピーディな支援が求められていますが、一方で、中長期的な国づくりの視野にたった、人づくりに貢献することも同じぐらい大切なことだと思いました。


他にも、ずっとプレハブ・コンテナに住んでいたためあまり物を必要としなくなった等、自分の中での小さな変化や気づきはいくらでもありますが、それはまたの機会に。


日本に舞台は移しましたが、今後も私のアンテナにひっかかったことについて、ブログで記録をつけていければと思っています。


これからもよろしくお願いいたします。

2011年9月30日金曜日

建国62周年記念




今週は中国大使館のレセプションに参加しました。

数多くの政府関係者、ドナー、PKOに参加する中国人、そして中国の民間企業の人たち(石油関係、建設関係、通信関係等)が参加する華やかなパーティー。

大統領のかわりにパーティーに出席した南スーダン情報省の大臣は、お祝いのスピーチの中で、「中国は建国してから62年。南スーダンは建国してから2カ月と2週間。中国のことをおじいちゃんと呼んでもいいですか?」と話し、会場の笑いを誘っていました。

中国大使のスピーチの中では、南北和平合意後、中国がいかに南スーダンに貢献してきたか(1,000本以上の井戸の建設、PKOの医療・施設部隊の派遣等)が語られ、中国と南スーダンの良好な関係がアピールされました。

パーティーに参加している中国人の数をみると、南スーダンにどれだけ食い込んでいるかが分かります。ほとんどの方が英語を話さないのですが、それでもビジネスが成り立つということなのでしょう。

私が話をした建設関係の会社の現地代表の方は、10以上の中国の建設会社が現地では工事を受注中で、未だ受注していないけれど現地でのビジネスに関心を示している中国の建設会社は数十とあると話していました。そういえばスーダンの空港で中国の人に「何か建設関係の仕事があれば教えてください」と突然声をかけられたことがあったなぁ。やっぱりバイタリティが違います。

パーティーの後半には美味しい中華料理がふるまわれ、素敵な時間となりました。

2011年9月29日木曜日

貧困の本質は可能性の貧しさを受け入れること

アメリカのスラム街でアトリエを設置し、陶芸を教えることを通して、貧しい人々自身が持つ可能性に気付かせ、彼らが豊かな人生を送る手助けを始めたビル・ストリックランド。
その後、彼は職業訓練所やコンサートホールの建設・運営を通じて、多くの貧しい人々をエンパワーし、彼らを成功へと導いていく…


そのようなビルのストーリーを綴った『あなたには夢がある』。


貧しい人々について書かれていることは、アメリカのスラム街だけではなく南スーダンのような途上国文脈にも当てはまるため、我々開発援助に携わる者に対するインプリケーションが多々ありました。


どのような人にも可能性がある。
ただし、貧しい人達はそのような可能性があることを自らは信じられないような環境に置かれている。
そのため、その可能性に気づくきっかけを得られるような環境を用意する。
その体験を通じて、貧しい人達は初めて「貧しい人」ではなくなり、自らの可能性を信じ、行動していけるようになる…


アトリエ、職業訓練所等での活動をとおして、これらのサイクルを見事につくり上げて行ったビル。


このような「きっかけ」を人に提供するような仕事をこれまでどれだけやってこれたか…ビルの本を読みつつ、自問自答を繰り返す私がいました。


素敵な言葉がたくさん詰まった宝箱のような本。以下に少しだけ紹介します。






「私たちはだれもが、夢をかなえる力を秘めている。その力が発揮できない最大の要因は、その夢は非現実的だ、手が届かない、と自分で思い込むこと、あるいは人から思い込まされることだ」




「芸術は架け橋です。より大きな世界、さらに幅広い経験ができる世界への架け橋なのです。路上で生活していた貧しい少年たちが、よい絵を見たからといって必ず芸術を愛するようになるとは思いませんが、人は芸術に接することで、変われると思います。(中略)うちの生徒たちは、『自分にはできない』と決めつけるのをやめます。そして、生きがいのある生き方とはどんなものなのか、おぼろげにではありますが、わかりはじめるのです」




「実際、自分自身を救うまでは、他人は救えない。自分を知り、自分がどんな生き方をしたいのかわかるまでは、他人を救うことなどできないのだ。」




「私は、自分の経験から、また成功した生徒たちや尊敬するたくさんの成功者たちを見て、本物の成功を収めるもっとも確実な道は、心や精神にとって大事なものを知性と責任をもって追求することだと確信している。」




「砂時計の砂は、いつも同じように流れる。他人の成功の定義に従って、貴重な時間を無駄にするのはやめてほしい。今の望みにしたがって生きてほしい。あなたを元気にするもの、悩ませるもの、生きているともっとも実感できるものを見つけよう。そしてそうしたものがあなたの将来を形づくると信じよう。そうすればあなたは、心から望んだことを、きっとかなえることができる。」




「失敗への恐怖は夢の妨げとなる。しかし、失敗を恐れていてはとびきりの人生は送れない。その恐怖に打ち勝つには、自分の情熱を信じることだ。情熱は、失敗を防ぐことはできないが、情熱があれば、何度失敗しても夢が消えることはない。人は失敗することで学ぶ。失敗することで、人はビジョンを立て直し、やり方を考え直し、夢の実現に必要なスキルや能力の向上を図る。」




「貧困とは、無秩序な思考だ。貧困とは、人生のもっとも深いところにある可能性とのつながりを失うことだ。マンチェスター・ビッドウェイルでは、生徒がそうしたつながりをふたたび取り戻す手助けをしようとしている。壊れた人生を修復するために、豊かで意味のあることに夢中にさせ、彼らのほんとうの潜在能力に気づかせようとしているのだ。」




「どのセンターにも、私たちのスクールの次のような基本理念を行きわたらせる。『どんな環境に生まれても、人はだれもがすばらしい力を秘めて生まれてくる。生徒を健全な環境に置き、心の栄養となるような刺激的、創造的体験をさせることで、生徒はその秘めた力を開花させる』」




「世の中には、『ほしいもの』がわかっている人はたくさんいる。でもそれをストーリーとは言わない。あなたが『なりたいもの』がわかっていることを人に示せるものがストーリーなのだ。あなたが自信を持って真摯に、そんなストーリーを語れるなら、いずれはそれを聞くのにふさわしい相手をつかまえ、とびきりの時間と本物の成功を手に入れることができるはずだ。」