2010年4月30日金曜日

一期一会

一時帰国中の出来事。


南部スーダンのジュバで働く日本人の男の子と実家がかなり近く、おまけに、休暇で一時帰国するタイミングも同じだったので、お互いの実家近くのカフェでお茶をしていたとき…


突然、日本人女性が話しかけてきました。

「あの…スーダンという言葉が聞こえてきたものですから…」


話を聞いてみると、旦那さんが南部スーダン出身のスーダン人で、福岡で10年以上一緒に暮らしているとのこと。

今年の夏に、子どもさん4人を連れて、初めて南部スーダンの故郷(地方都市ワウ)を訪問する予定で、選挙後の情勢が気になっていたところ、カフェの隣の席で南部スーダンの話をする私たちがいたので、思わず話しかけてしまったという…


きっと福岡に「南部スーダン」と関係のある人たちは私たち以外にはほとんどいないでしょう。

この偶然の出会いにとても驚くとともに、福岡で生まれ育った4人のお子さんたちが、南部スーダンの地方都市を訪問したら、どのようなことを感じ考えるのだろうか…と想像するとなんだか胸が熱くなりました。


うちに帰って、この話を夜の食卓でしたところ、祖母が一言。

「今日は、人助けをすることができて、いい一日でしたね。」

いい一日だから人助けをするのではなく、人助けをできたからいい一日だと考える…


なるほど…となんだか幸せな気分で満たされた夜でした。


◎福岡の町並み

2010年4月28日水曜日

選挙結果

議会選挙の結果発表はまだですが、大統領の選挙結果については、総選挙後11日を経てようやく発表されました。


スーダン大統領 現職のバシール氏得票率約68%

南部スーダン大統領 現職のサルバ・キール氏得票率約93

(スーダン選挙管理委員会HPより)


開票作業については、コンピュータ(ソフトデータ)で集計結果を管理する予定だったのですが、一部コンピュータ等の不具合により、紙でまとめて選挙管理委員会に送るよう選挙管理委員会から指示がでたり、また、当初20日に開票結果が発表される予定がかなり遅れて結局発表当日までいつ結果がでるかがわからなかったり、選挙スタッフの手当ての支払いが遅れてデモが起こったり…と技術面や運営面での問題はいろいろ見られ、今後改善は必要であるものの、一方で、投票率は約60%(※)、そして、大きな混乱もなく24年ぶりの総選挙を終えることができたことについて、我々を含む援助関係者は胸をなでおろしています。

※この数字によれば、総人口4,000万人のうち、4人に1人に当たる1,000万人以上が投票したとのこと。


一部の地方で、州知事のポストを巡って選挙に敗れた候補者による暴力が見られたりしているようですが、その他の地域については(私の住んでいるジュバも含めて)平穏そのもののようです。


日本でもスーダンの総選挙の結果については大きく報道されていました。

例えば読売新聞は、総選挙が終了し今後は来年の(南部スーダンの独立を問う)住民投票に向けて南部スーダンの情勢はますます混とんとしてくるだろう…という論調でした。

しかし、現場で見ている限りは、住民投票を来年に控えた2010年も南部スーダンの情勢はこれまでとは大きく変わらず、住民投票については、きっとまた直前にどたばたすることになるのだろう…という印象です。


日本政府は、今回のスーダンの総選挙に16名からなる選挙監視団を派遣し、合計156か所の投票センターを視察し、スーダンの選挙管理委員会にレポートを提出しています。

その内容は、「スーダンの総選挙は、現代世界史上最も複雑な選挙の一つであった。そのプロセスにおいて、監視団員は、技術的、行政的及び実質的な多くの問題を直接目の当たりにした。」一方、「監視団が訪問した投票所においては、投票者は忍耐強くかつ熱心に自らの投票順を待っており、投票は一般に平和的で秩序立って行われていたことが観察された。また、監視団は、NEC選挙管理委員会)職員、特に若い職員が、選挙を成功裏に実施させるために賞賛すべき努力を行っているのを目のあたりにしたところ、すべての監視団員が深い感銘を受けた。監視団は、開票作業も監視したが、これも一般に良く組織されて行われていたように見受けられた。」というもの。また、団長であった元スーダン大使の石井氏は、所感の中で、「特に、生まれて初めて投票する南部の多くの人々の真剣な投票態度は感動的ですらあった」と書かれています。

(詳細は、以下の外務省のHPを参照: http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/sudan/observation/gaiyo.html


カーターセンターやEUが今回のスーダンの総選挙について出しているレポートや声明と比較して、かなり好意的な内容です。

3年以上の間南北スーダンそしてダルフールを精力的に訪問し現地の事情に誰よりも精通された前スーダン大使と、何十年もの間スーダンを拠点として文化人類学的なアプローチで現地を見てきた先生方が、「選挙監視団の一員」としていらっしゃったからこそ書けるレポートなのかもしれません。


次に生かす教訓は謙虚に受けとめつつも、スーダンの民主化に向けた自発的な動きを歴史的な文脈の中で位置付け、国際社会の一員として見守り支えていきたいものです。



◎現職のスーダン大統領および南部スーダン大統領の再選を一面で報じる地元の新聞

2010年4月22日木曜日

ルワンダの牛とジュエリー

ルワンダの牛の角からできたジュエリーがあると聞いて、一時帰国中に池袋東武(デパート)に見に行ってきました。


以下のような牛の角を輪切りにして磨きあげることで、

(※こちらは南部スーダンの道端の牛ですが、ルワンダの牛もこんな感じだと思われます)


以下のような茶色の円形またはとんがったジュエリーの素材が誕生します。


角の種類によっては、黒に近い色のものもあれば、白に近い色のものもあるとのこと。

一つ一つ現地の人々の手で磨きあげられています。


これらの磨きあげられた角を適正な価格でHASUNA(このジュエリーを制作している会社)が買い取ることによって、現地の職人は生活していく上で必要なお給料を手にすることができ、結果的に生活の質を向上させていくことにつながります。

ジュエリーを通じてルワンダと日本がつながり、そして、ジュエリーがお互いの生活をより豊かにしていくことに貢献するのです。


このHASUNAの社長さん。

私と同じ歳の女性なのですが、この若さで会社を立ち上げ、紛争や搾取につながらない、環境にやさしいジュエリーの普及を目指しています。


HASUNAという会社名は、蓮の花からきているとのこと。


「蓮の花が一面に咲き誇る、美しい夏の風景。
可憐な蓮の花は、芸術家をはじめ、多くの人々を魅了している。
人々が蓮に惹きつけられるのは、その見た目の美しさだけでなく、泥の中から一生懸命に美しい花を咲かせている姿なのかもしれない。
『この泥が あればこそ咲け 蓮の花』
蓮のように、どんな場所にいても、懸命に生きる人たちを応援するブランドでありたいと願い、HASUNAと名付けました。」 

HASUNAのホームページより)


HASUNAのキャッチコピーの「輝く人と、世界のために。」も素敵ですよね。


私もこのジュエリーのデザインとこのジュエリーに込められた思いに魅せられて、牛の角でできたペンダントをひとつ購入しました。


このペンダントを胸に、スーダンに戻ることにします。


◎池袋東武の販売店の様子

2010年4月16日金曜日

±10年

大学の同級生が手作りのカレンダーをプレゼントしてくれました。

中身の写真はすべて彼女が自ら撮影したもの。

スーダンにはない景色ばかりで、カレンダーを見るたびに癒されています。


写真と文章がとても上手な彼女は、旅行に行く前には旅行先を調べあげて、自らお手製のガイドブックを作成し、旅行に持っていくそうです。

「えりちゃんのブログを読むと、行ったこともないスーダンでのことでいつも胸がいぱいになるの」という彼女。

彼女は今、素敵な小物を取り上げる雑誌の編集を仕事にしていますが、将来的にはこの豊かな想像力をいかして物書きになるのではないかなぁ…とひそかに私は楽しみにしています。


大学時代の同級生は、今はかなりばらばらの道を歩んでいます。

建築家、

映画監督、

哲学者、

骨董品屋さん、

外交官、

写真記者…

10年前は同じ教室でフランス語や英語を一緒に勉強していたことが今となっては不思議です。


「えりちゃんは大学のころから途上国で井戸を掘りたいって言ってたもんね」と大学の同級生に言われて、どきり。

きっと10年前にそんな自分がいたからこそ、今ここに自分がいるのでしょう。

スーダンなんて想像さえしていませんでしたが…では、10年後は…?


私の大好きなブログで最近紹介されていた言葉。

「肝心な点は、感動すること、愛すること、望むこと、身ぶるいすること、生きることです」(ロダン)

この言葉を知ったとき、あぁ途上国にいても先進国にいてもきっと肝心なことは変わらないのだなぁ…と再認識。


10年後にどこにいても、そして、何をしていたとしても、これらのエッセンスンがたくさん詰まった人生を送ることができていますように…


◎手作りカレンダー

2010年4月14日水曜日

‘Go To the Election!’

スーダンの総選挙の投票期間は、当初4/11から4/13の三日間の予定でしたが、選挙登録名簿が間違っていたり、投票箱が届いていなかったり、また、投票用紙に不備があったりした関係で、4/15まで延長されることになりました。


うちのローカルスタッフからも電話があり、「どの投票所に行っても自分の名前が登録されておらず、(選挙三日目の今日も)まだ投票ができてないんだ…」とのこと。


24年ぶりの選挙ですので、多くの大人にとって生まれて初めてのことです。

投票者も、選挙をとりまとめる選挙管理委員会のスタッフも、すべてが初めてのことなので、実際に選挙を実施してみて「選挙とはこういうものなのか」ということを皮膚感覚として今実感しているところなのでしょう。


一方、各国のマスメディアはスーダンの選挙に対してなかなか厳しい反応…

「混乱」「カオス」「ごまかし」などの見出しが並びます。

アメリカの元大統領ジミー・カーターも選挙直前に、「国際基準に見合う選挙を実施することを期待する」というコメントを発表し、選挙期間中には、「投票所に係る様々な報告を受けています…」というような含みのある発言を行っています…


でも、ここは先進国ではなく、24年ぶりに選挙を実施しているスーダン。

はじめから完璧な選挙を期待する方が無理というもの…

うちの理事長緒方貞子さんがアフガニスタンの選挙について「先進国並みの選挙を求めること自体が無理な話です」と話していましたが、スーダンについても同じことが言えます。


これまでは、武器を持って戦っていた者同士が、暴力に頼らずに選挙キャンペーンを繰り広げながらパワー・ゲームに参加する…この「手段」の変化こそが何よりも重要です。


一方、若者の投票率が低いのはスーダンでも同じようで、新聞でも取り上げられています。

うちのローカルスタッフの中で一番若い男性も、「選挙?選挙期間中は国外に旅行に行くよ」と関心がありませんでした。

これだけ国際社会がスーダンの選挙で盛り上がっている中で、当の本人たちが関心がないとはちょっと皮肉ですよね…


私の周りで今回の選挙を最も恐れていたのは、ケニア人の出稼ぎ労働者たちです。

ケニアでは2007年の大統領選の後暴動が起こり、数百人が死亡するという事件に発展したことから、そのようなことがスーダンでも起こるのではないか…とケニア人は心配しているようです。

一方、そんな経験さえないスーダン人の方が楽観的…


国連や日本人関係者に聞く限り、選挙中もジュバ市内はかなり平穏で、選挙も様々な問題を抱えつつも粛々と進められているとのこと。

このまま無事に選挙が終わることを祈るばかりです。


◎選挙キャンペーングッズ

現職の南部スーダン大統領のTシャツと投票を促す手さげ袋

2010年4月9日金曜日

プロ論

大学時代の同級生のブログを読んでいたら、亡くなられた巨人の木村コーチの「新人へ言葉」が紹介されていました。



自分は「こういう選手になろう」と思ってここまで来た選手じゃない。こうやるしか思いつかなかった。それが「ユーティリティープレーヤー」、「何でも屋」で、それでもこの世界で食っていける。「レギュラーになる、エースになる」だけではない。巨人の藤田宗一投手は、中継ぎ登板だけで自分と同じ歳までやっている。それで飯が食える、それがプロ野球。「俺が一番うまい」と思って入団して、一番得意だった事がうまくいかない。それもプロ野球。その時にあきらめるのではなく、自分の話を思い出してほしい。投げ出す前に、自分自身を知って可能性を探るのも必要ではないか。



「私はこうなりたい!」と意気揚々と語る人たちを眩しく眺めながら、私自身は試行錯誤の日々。

それでも、木村コーチのように、「どうやったら生き残れるか」ということをひたすら突き詰めて行動することで開ける道もある…


同じ「プロ」でも、そこへのアプローチの仕方は人それぞれ。

まずは自分自身を知ることから…


◎ジュバの空とパパイヤ

2010年4月6日火曜日

命を明日につなぐ仕事


国境なき医師団(MSF)から去年の12月に出されたレポート‘Facing up to Reality


南部スーダンでは、ドナーの重点が緊急援助(目の前の危機を乗り越えるための短期的支援)から開発援助(より長期的な安定・発展を目指す支援)に移ろうとしている中で、緊急援助のフェーズはまだ終わっていないということを現場での実例を示しつつ国際社会に警告するレポートです。

また、ドナーがNGOにアカウンタビリティ(援助の透明性)を求めすぎるあまり、人道的な危機が起こった場合にNGOが機動的に対応できない状態が生じ、その結果、救えた命が救えなかったと訴えています。


女性・子供を殺傷の対象とする部族間紛争、病気の蔓延(マラリア、Neglected Tropical Disease等)、ウガンダの元反政府勢力(LRA)による攻撃…MSFによれば、2009年は内戦終結以降最も暴力的な年だったとのこと。


うちの組織では決して立ち入ることのできないような危険な地域ばかりで活動を続けるMSF


現場で奮闘する医師たちの献身に頭が下がる思いです。


The focus on the CPA and its development aid components should not come at the expense of independent emergency humanitarian relief that can save lives today.(「南北の包括的和平合意とその履行にかかる開発援助を重視するあまり、今日救える命を犠牲にすることは許されない。」)

Facing up to Reality』国境なき医師団より

2010年4月1日木曜日

日本はさくら、スーダンは総選挙の季節

4月に入り、社会人5年目。

「新人」の存在があまり身近に感じられないのは、駐在をしているからなのか、それとも年次を重ねたからなのか…


年を重ねるにつれて時間の流れがどんどんはやく感じられるようになるのは、自分がこの世で過ごした時間を分母として、1日、1か月、1年の長さを計るから…とどこかで読みました。

14歳のときの1 年と、28歳のときの1年とでは、1/141/28なので、時間の長さは14歳のときの私と比べて1/2に感じるということ…


どんなに毎日がはやく過ぎていったとしても、「いま、ここ」は一回しかないので、一瞬一瞬を大事にしていきたいと思う今日この頃です。



さて、スーダンの話題。


選挙まであと10日になり、日本も選挙監視団を送るという記事が外務省のプレスリリースに出ていました。

前石井大使を団長として、16名の日本人がメンバー。

EUからも130人の監視団が来るとのこと。

国際機関は選挙支援のためにこの期間は人員を増強するとか…


スーダンの2大政党である、National Congress Party(NCP)Sudans Peoples Liberation Movement(SPLM)の選挙キャンペーンも続きます。


未だに、選挙が延期されるかもしれないという声が聞こえるのですが、これから延期したとしても地方の末端に延期の連絡を10日以内に行うことは物理的に難しいのですよね…


バシール大統領が所属するNCPは選挙延期の可能性を否定し、「選挙監視団が選挙延期を主張する場合には、彼らの指を切り落とし靴で踏みつぶす」とのコメントも…


投票用紙の運搬方法や投票所の設置個所等についてもいろいろな不満の声が聞こえてきますが、アフリカ一大きな国で24年ぶりの複数政党制による選挙を行うわけですから、様々なハードルやハプニングはつきものですよね。

今回は、スーダンの人々が「選挙というものはどういうものか」を一通り経験し、4年後にまたその教訓を生かしてより自由で公正で透明性のある選挙を行っていく…このプロセスが繰り返されることが何よりも大事なのでしょう。


南部スーダンの最大政党のSPLM

政党内のNo.2が、ある州の州知事のポストにSPLM候補とは別に自らの奥さんを独立候補として立てています…また、直前になってスーダン大統領選からSPLM候補は離脱を表明しました…

このように、SPLMの内部も一枚岩ではないことが窺がえますが、南部スーダンの人々が「より平和な明日」のための投票を行ってくれることを外部者である私たちは祈るばかりです。



◎北部の選挙ポスター

バシール大統領とNCPのマークの「木」の絵。

◎南部の選挙キャンペンカー
ワゴン車の窓にポスターを貼り、車の屋根にスピーカーを積んでキャンペーン中。